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ゴールデンカムイ杉元のモデルは帝国陸軍の人型決戦兵器・舩坂弘軍曹か?

杉本のモデル - 舩坂弘 ゴールデンカムイ
この記事は約6分で読めます。

ゴールデンカムイの登場人物を探るシリーズ。

今回は主人公の『不死身の杉元』!

ゴールデンカムイを初めて読んだときに、

「あっ、不死身の杉元のモデルは不死身の分隊長と呼ばれた舩坂弘軍曹かも♪」

と直感しました。

舩坂弘軍曹は、サイボーグといっても過言ではない日本陸軍最強の軍人です。

ちなみに読み方は、舩坂弘(ふなさか ひろし)。

本当に杉元のモデルとなった人物なのか確証ありませんよ。

でも私の頭の中では、すっかりリンクしました。

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ゴールデンカムイ 杉元のモデルが舩坂弘軍曹と思った理由

舩坂弘軍曹

そう思ったのには3つの理由があります。

1つ1つ順に解説しますね。

理由その1:アダ名が同じ

1つ目の理由はとっても単純で、アダ名が同じだから。

『不死身の杉元』≒『不死身の分隊長』

不死身が共通です。

そして舩坂弘軍曹も、戦場では何度も死にかけては復活してるんですね。

そのうちに部下から『不死身の分隊長』と呼ばれるようになりました。

理由その2:身体的特性が同じ

次に両者の身体的特性

ゴールデンカムイ第17話で杉元が捕まっているときに言われたセリフ。

不死身の杉元ってのは軍医があきらめるような怪我でも翌日には治ってたらしいな

出典:ゴールデンカムイ第17話 追跡者

このセリフを読んだときに、疑惑が確信に変わりました。

舩坂弘軍曹も、パラオ・アンガウル島での戦いで太ももに裂傷を負います。

数時間の戦闘後、ようやく軍医がやってきて、船坂軍曹の傷をみます。しかし軍医は傷口をみるなり自決用の手榴弾を渡して去って行ってしまったのです!

ところが船坂軍曹は、軍医があきらめる程の重傷を追いながらも、数キロメートルを這って陣地にもどり、なんと翌日には引きずりながらも歩いていたという。

以後の戦いでも、動けないほどの傷を負っても翌日には回復していたらしい。

これについて本人は、

生まれつき傷が治りやすい体質であったことに助けられたようだ

出典:wikipedia「舩坂弘」より

と語っています。

き、傷が治りやすい?似てますよね?( ̄ー ̄)ニヤリ

理由その3:くびに銃弾をうけても復活する

ゴールデンカムイ第1話の回想シーンで、杉元は首に銃弾を受けています。

まぁこれ普通、終わったと思いますよね。

しかし世の中には終わらない人がいるんです。

頸部を撃たれて昏倒し、戦死と判断される。

出典:wikipedia「舩坂弘」より

頸部っていうのは、くびのことですね。

この後、舩坂弘軍曹は死体安置所で復活します。

ねっ?似てると思いません?(^_^;)

ていうか、なんで復活するんだ?(笑)

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不死身と呼ばれた舩坂弘軍曹の豪傑伝説

せっかくですので、舩坂弘軍曹の伝説の戦いぶりをチラッと紹介します。

失礼ですが、知れば知るほど生きているのか不思議。。

不死身の杉元も驚愕するぐらいの不死身っぷりです。

一般兵とはものが違います

まず舩坂 弘軍曹の出征前の評価を見ておきましょう。

  • 剣道と銃剣術の有段者
  • 中隊では射撃の賞状、感状を30数回うけている
  • 中隊で一番の模範兵
  • 中隊随一の小銃の使い手

パラオ・アンガウル島での伝説の戦闘

圧倒的物量の米軍に立ち向かうアンガウル島での伝説の戦闘です。

艦砲射撃を散々撃ってから上陸してきた敵を、たった一人で擲弾筒および臼砲で200人以上を倒します。

1人で?(;´∀`)

そのとき太ももに酷い傷を負い、軍医にも自決用の手榴弾を渡され見放されますが、はって陣地まで帰還。翌日には歩けるまでに回復します。

えっ?(;´∀`)

絶望的な状況のなかで鬼神の如き奮闘、部下から「不死身の分隊長」「鬼の分隊長」と呼ばれます。しかし腹部に銃弾をうけ危険な状態になり、自決をはかるも手榴弾が不発

セーフ(;´∀`)

部隊が壊滅するなか、一矢報いようと米軍司令部に単身で乗り込みます。

ランボー?(;´∀`)

手榴弾を体に巻き付け、拳銃一丁をもって前哨基地を突破。

の時点で負傷24箇所、重症箇所5箇所、右肩捻挫、右足首脱臼、やけど、全身20箇所に砲弾の破片を負った状態で米軍指揮所に突進。

なんで動ける?(;´Д`)

しかし突進中にくびを撃たれて倒れ、戦死扱いとなります。

普通死ぬだろ。(;´д`)

そして3日後に死体安置所にて息を吹き返します。

なんで!?(;・∀・)

このあと敵に情をかけられたと思い、駆けつけたMPに「撃て!殺せ!」と言って暴れたあと気を失います。米軍の治療をうけ、数日後には歩けるほどに回復。

人間じゃねー!\(^o^)/

ペリリュー島の捕虜収容所に送られたあと

捕虜になりアンガウル島からペリリュー島に送られても、舩坂弘軍曹の戦いは終わりません。

重傷者で監視が甘かったことを利用して脱走します。

脱走後、戦場から火薬を集め敵軍火薬庫に放火。火薬庫が大爆発したあとこっそり収容所に戻ります。

今度は飛行場を炎上させようと脱走を図りますが、クレンショー伍長に捕まります。

このあと敬虔なクリスチャンであるクレンショー伍長に命の大切さを説かれ、舩坂弘軍曹はようやく戦いを止めたのでした。

なんかホッとしましたね。(^_^;)

捕虜収容状を転々として帰国

その後、アメリカ各地の収容所を転々とし1946年に日本に帰国。

栃木の実家に戻って最初の仕事は、『舩坂弘之墓』と書かれた自分の墓標を引っこ抜くことでした。

ここまで読んで、みんな同じ感想を持つと思います。

「この人、本当に人なんでしょうか?」
「体が丈夫とかってレベルじゃないよね?」

豪傑っていうか、これはもはやターミネーターです。(笑)

しかし舩坂弘氏の留まることを知らないエネルギーは、戦争後は事業に向きます。

渋谷駅にそびえたつ大盛堂書店の創業者

東京に住んだことがあれば、一度は見たことあると思います。

渋谷駅前のTSUTAYAの横で、存在感を放つ大盛堂書店

実はこの書店、舩坂弘氏が創業した本屋さんだったんですね。

ビックリですよね!?

アメリカの先進性を学ぶことが、日本を豊かにすることだろうという思いから書店を始めたのです。

そして自らの体験を執筆し、その印税と義援金で戦場となった島々に慰霊碑を建立しました。

要らなくなった印税は、全て国際赤十字社に寄付したといいます。

毎年アンガウル島に慰霊に訪れたり、パラオ諸島への援助など、パワフルな活動をされています。

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まとめ

不死身の杉元のモデルになったと思われる舩坂 弘氏。

こういった人達のエネルギーって凄いですよね。その湧き上がる闘志とエネルギーはどこから?

私は毎日7時間寝てるし、飯もしっかり食べてるのに、そんな力はでません。(;´Д`)

不死身の杉元以外にも、偉人をモデルにしたと思われる登場人物がたくさん!

また別の記事でご紹介しますね。

追記:ちなみに杉元佐吉と言う名前の由来は、作者の曽祖父の名前から来ているとのことでした。公式twitterからの情報です。

舩坂弘氏の自伝はいくつかあるけど、こちらの小説が特にオモシロかったですよ↓

参考文献

・wikipedia「舩坂弘
・舩坂 弘「英霊の絶叫 – 玉砕島アンガウル戦記

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